よく頑張ってきたね。

あなたが体験した喜び、感動、
苦しみ、辛さ、葛藤、心の痛みを尊く思うよ。

まず最初に言わせておくれ。

あなたのこれまでの体験、そして、
この能力をもったまま、しあわせに生きるというチャレンジが、
どれだけの人を救い、希望や勇気の明かりを灯すか!

この体験を人生計画に入れ、
果敢に挑戦しようとしたあなたの魂に、敬意を表したい。

これは、あなたが何度も生まれ変わり、
果敢に挑み続けたいのちの叫びであり、
祈りなんじゃよ。

時代を超え、人が人らしく
自分の能力を発揮するための呼び水であり、
人が偏った方向に進んだ時に
原点回帰するための一点の光として、
あなたが放った、いのちの振動なんじゃよ。

この尊さが分かるだろうか?

だからこそ、
余分な力が入ってしまう瞬間があるじゃろう。

世の中に絶望を感じた瞬間も
数えきれないほどあったことだろう。

化学物質を使っても平気な人と、化学物質過敏症の人が、
どちらも潤う答えはあるのか?
という、あなたの切実な問いについて、

「化学物質を使っても平気な人」と
「化学物質過敏症の人」

という表現を、

「危険を感じるセンサーが少しにぶい人」と、
「危険を感じるセンサーが鋭い人」

と言い換えてみたらどうだろうか?

どちらも必要で、どちらもいていいと思わないかね?

それぞれの能力を適材適所で使い分けられたら、
役に立つ。

でも、今は適材適所になっていませんよ。

匂いで言えば、危険を感じるセンサーが鋭い人に、
一方的に身体に影響が出ています。

そう。
人はまだ、この二つの能力を
適材適所で使いこなす術を知らない。

この世界から化学物質を減らすということも、
すぐに実現するのは難しい。

だからこそ、この者のように、
「危険を感じるセンサーが鋭い」という能力をもったまま、
能力を少しでもコントロールする術を
実験により見つけようとしているチャレンジが、
本当に素晴らしいんじゃよ。

「危険を感じるセンサーが少しにぶい人」と、
「危険を感じるセンサーが鋭い人」が、
適材適所で輝ける世界はある。

けれど、
そこにたどりつくのは、まだ少し先。
人類の進化と技術革新がまだ追いついていない。

だからこそ、その移行期間の中で、
これは「病気」ではなく「能力」ではないか、
と考えるにいたったあなたの視点は、
とても尊く、希望の光なんじゃよ。

そのことを頭に入れながら、背負いすぎることなく
あなたの壮大なチャレンジをためしてみてほしい。

あなたを待っている人はごまんといるよ!