中学2年生の学年通信に書いた文章です。
今日は『徳』とは何か考えましょう。
私が、この歳になって反省することは、若い頃に『徳』の積み方が少なかったなあ。もう少し徳を積むことを意識して努力するべきであったということです。
そのせいで、現在の私は『徳』が薄い(薄徳にして)ので、皆さんのためになるよう働きたくても(志はよくても)、なかなか思うような成果をあげることが出来ません。
『徳』というものは、少しずつ積み重ねて、何十年たってようやく目に見えて効力が発揮出来るようになるものなので、若い皆さんは二十年、三十年先の、未来の自分のための投資だと思って徳を積むことを心がけて欲しいと思います。
さて、では『徳』とは何なのでしょうか。
『徳』は、インドのサンスクリット語の『グナ』という言葉を訳したものだそうです。
『グナ』とは、<心のエネルギー>のことで、『高徳』とは<心のエネルギーが高い(多い)こと>、『薄徳』とは、<心のエネルギーが少ないこと>、『不徳』とは<心にマイナスのエネルギーがあること>です。
では、その<心のエネルギー>とはどんなものなのでしょうか。
これは、たとえば『磁石』のようなもので、『徳が高い』とは、この心の磁石が強力磁石なのです。そうすると、その強い磁力で周りの人を引きつけます。みんな何となく、その人に注目し、その言葉に共鳴し、その人の意見に従って行動します。ですから、その人の思うところはすぐ実現します。こういう人が『徳の高い人』です。
それに対して、『徳の薄い人』の場合は、心の磁石が弱いのです。ですから周りの人がなかなか振り向いてくれません。いい意見を述べても、誰も共鳴してくれないし、協力してくれません。
『不徳の人』だと、もっとひどくて、その意見が正しければ正しいほど、逆に周りの人を怒らせ、反発させることになってしまいます。
では、『徳』を積むにはどうすればいいのでしょうか。
『徳』とは<心のエネルギー>のことなのですから、心のエネルギーを増やせば、『徳』を積んだことになります。
では、<心のエネルギー>を増やすにはどうすればいいのでしょうか。
『狭い心の人』は心のエネルギーが小さく、『広い心の人』は心のエネルギーが大きい。これは分かりますね。
『狭い心の人』とは、<自分のことしか考えない(他の人やモノが犠牲になっても、自分さえよければいい)人のこと>ですね。
逆に『広い心の人』とは、<他の人やモノのために、思いやりやいたわりの心を持てる人のこと>ですね。
一言で言うと、『自分を後にして、人を先にする』行動をとれば、『徳』を積むことが出来ます。
たとえば、バスでお年寄りや体の不自由な人に席を代わってあげます。これも『徳積み』です。
たとえば、掃除当番の時、ゴミ袋をゴミ置き場に運ぶ役を率先してやります。
私がいつも不思議に思うのは、掃除が終わると、じゃんけんしてゴミ袋を運ぶ係を決めていますね。そして、負けた人が係をしているようですね。これが実に不思議なのです。
本当は勝った人が係をすればいい。係をした人は『徳積み』が出来るわけですからね。
私は昔、禅の道場にいましたが、そこではみんな『徳積み』に努力していました。朝起きると便所が綺麗になっている。みんなが寝ている間に、誰かがこっそり掃除しているのです。このように、『徳積み』は、何気なく、人知れず行うのがいいとされ、それを『陰徳を積む』と言いました。
たとえば、廊下にゴミが落ちていたら、『今日は僕が日直じゃない』などと、グズグズ言い訳を考えている間に、サッと拾ってゴミ箱に捨てればいいのですね。これも徳積みです。
塵も積もれば山となるで、そんな風に徳を積むことを心がけて、ちょっとずつでも実行してゆく人と、いつも『自分が先、人は後』という行動をとり続ける人と、十年たち、二十年たつと、ハッキリと差がついてくるのです。
目先の得をとって、十年先の損となる生き方はやめて、目先は損でも、十年先の得となる行動をしましょう。

