法演の場合-永平知事清規を読む(7)-

しあわせ通信(毎月1日・15日更新)

本記事は「しあわせ通信188号」の内容を再編集して掲載しています。

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今回の話の主人公は法演ほうえんさんです。主に五祖山ごそざんにある道場で弟子を指導されたので、五祖法演ごそほうえん禅師と呼ばれています。

師匠は白雲守端はくうんしゅたん禅師という方で、この方はすでに紹介した楊岐ようぎ禅師の弟子ですから、法演さんは楊岐禅師の孫弟子ということになりますね。

その法演さんのもとで園悟えんごという弟子が育ち、『碧巌録へきがんろく』を著しました。
また『無門関むもんかん』の著者である無門むもん慧開えかいは法演さんから五代後の法孫です。

法演さんは、かなりへそ曲がりなところがある傑物でした。

以下に紹介する逸話なんかでも、弱虫の私にはとても真似出来そうもないような度胸を決めた行動をとられていて、これはなかなかの見ものです。

法演さんは35歳で出家されたそうです。始めは学問僧で、禅に入門されたのは、さらに歳をとってからです。

世俗での生活がながいので、酸いも甘いも噛み分ける(世事・人情によく通じている)ことができる方だったようですが、僧の世界では、法臘ほうろうといって、出家してからの年数で序列が決まるので、若い弟子たちにさんざんいじめられて、さぞかし苦労されたことでしょう。

法演さんは、磨頭まじゅうに任命されました。これはどういう役柄かというと、寺から離れたところに磨院まいんという出張所が設けられていて、そこの主任を磨頭といいます。禅道場の役職としては高いものではありません。

磨院というのは作業場で、この時代、寺は荘園を持っていて、そこの田畑から年貢を収めさせていました。その年貢を磨院に搬入させて、世俗の人を従業員に雇って、石臼で米や麦を磨り潰す作業(米は精米し、麦は小麦粉にする)をさせていたのです。

もちろん、道場で食用として使う米や小麦粉を製造するというのが基本なのですが、余った米や小麦粉は業者に引き取らせて、その代金を寺に納めて経費の足しにしていました。

また、精米の過程で出来る米ぬかや、小麦粉を製造する過程で出来るふすまも家畜の飼料や田畑の肥料として重宝されていたので、これらもそれぞれの業者に払い下げられていました。

このように、作業で騒音が出ることと、俗人が多数出入りするということ、また荘園に近いほうが搬入に便利だということで、道場から離れたところに磨院が置かれていたのです。

法演さんは磨頭に就任して仕事に励んでいましたが、変な噂が僧たちの間に流れ出したのです。

法演が磨院で出た利益をピンはねして、酒を飲んだり、肉食にくじきをしたり、女を囲ったりしているというのです。

そんな噂が流れていると知った法演さんは、道場から僧が磨院にやって来るたびに、わざと酒を飲み、肉を喰らい、芸妓げいぎと戯れました。

それを目撃した僧はあわてて道場に戻り、仲間の僧たちに報告しました。

それで、道場内は大騒ぎになり、とうとう師匠の耳にも法演の磨院での振る舞いぶりが届きました。

師匠が法演を呼び出し、問い質します。「本当に酒を飲み、肉を喰らい、芸妓と戯れたのか」。法演は噂を否定せず、一言も弁解せず黙認しました。

師匠は怒って法演を平手打ちしましたが、それでも法演は顔色を変えることもなく、平然と礼拝して去ろうとしました。

師が「直ちに道場から退去せよ」と命じると、法演は、「しばらくお待ちください。これまでの収支計算をして決算報告をしなければなりません。監査役を派遣してください」と答えました。

数日後、出来上がった決算書を師匠に提出しました。

法演は言います。「私が飲食遊興に費やした費用は、私個人が支払いを済ませており、磨院の収支には関わりがありません。それ以外の私が担当した磨院での収支決算は提出した通りで、監査役も承認しております」

その決算書を見て師は驚きました。前年度に比べて、利益が3倍にもなっていたのです。

それを知って師の守端禅師は、「ハハァ、そういうことだったのか」と気づきました。
そして法演を許し、これからも磨頭を続けるように命じたということです。

これは、こういうことだったのです。

前任の磨頭は、業者などに丸め込まれていたのです。酒を飲まされた、賄賂をもらった、女をあてがわれたなどという欲が絡んで業者の言いなりになっていたか、あるいは仕事を馬鹿にして(こんな仕事をするためにオレは道場に入ったんではない!)、一切俗人の番頭任せで放任していたか、人が良過ぎて業者たちや番頭役の俗人の不正を見抜けなかったか、そのいずれかであったのでしょう。

そうして、業者や有力農民たちが、精米済みの米や小麦粉や糠や麩の販売価格を自分たちの思い通りに設定して法外な利益を上げていたのでしょう。

磨院は、距離的にも道場から離れているし、磨頭はそこに寝泊りするわけだし、役職としては低い地位で重視されてもいないので、道場経営の盲点のようになっていて、業者との癒着が慣例のようになっていたのですね。

法演が磨頭に就任して、まじめに仕事をやり始めたものだから、たかっている者たちは甘い汁を吸えなくなったのですね。それで、利権に絡む業者たちが、返り咲きを狙う前任者などと結託して、法演を磨頭職から外そうとして、最初の噂を流したのでしょう。

そんな噂が流れていることを知った法演さんの、その後の振る舞いは、なかなか思い切ったものでしたね。

一切釈明なんかしないし、前任者の不正を訴えるなどという事もせずに、大胆にも噂どおりの振る舞いをしました。

結局はこういう行動で、法演さんは何をしたかったのかというと、師匠の力量を試そうとしたのですね。

道場の最高責任者であるのに、前任の磨頭の不正を見抜けなかったというのは、明らか管理能力不足ですね。 

禅者だから坐禅さえしていればいい、公案の解釈が出来て、弟子達を指導出来ればいいというわけではないのです。

弟子達が安心して修行に励むことが出来るように、道場の経営全般に、すみずみまで目が行き届いていなければなりません。もちろん経済面の基盤もしっかりさせなければなりません。

すべての仕事をトップ自らが手がけるということは出来ませんが、弟子たちの性向や力量などを見抜いて、適材適所に人事配置して、その後は、うまく機能しているか目を配っているということが大切ですね。

道元さんは、中国の南宋に留学する前は、建仁寺におられましたが、そこでは、お経を唱えたり、経典の解釈を学んだり、坐禅したり、公案を解いたりするのが僧の修行で、典座てんぞとなって食事の用意をしたり、磨頭のような仕事に励んだり、道場の経営を工夫するのは、僧の本来の仕事ではないとバカにして、俗人に一切丸投げしてやらせていたのだそうです。

道元さんもだから、禅を学ぶとは、坐禅したり、仏典や禅籍を学ぶことであると当然のように思っておられたのです。

ところが、南宋の禅道場に入門すると、そうではないことを思い知らされたのです。

この地上で、任された職分の仕事を通して、生き生きと、有効に働けないのなら、その人の悟りはまだ本物ではない(大乗菩薩の悟りではない)のだということに気づかれたのです。

守端禅師は、磨院で長らく続いていたのであろう不正を見抜けなかったのですから、道場の主として落ち度があるわけです。

そこで、法演さんはこう考えたのです。

まあ、前任の磨頭の不正を見抜けなかったというのは仕方がないにしても、決算書を見ても気づかないようなボンクラなら、もうこの師についていてもしょうがない。生きて働く禅が身についていない人なんだから…。

そんな大地に脚がついていない悟りしか持たない師に過ぎないのなら、オレはいつでも出て行ってやるぞと覚悟を決めて、大胆な行動で師匠を試すことにしたのです。

果たして、師匠は前任者の不正に気づき、法演さんの試験に合格しました。それで法演さんは引き続き守端禅師のもとで修行にはげみ、師をしのぐ大乗禅の指導者となりました。

知事清規には、<小さな職といえども、しっかり吟味しないで、軽い気持ちで人事配置してはならない>という小見出しの後に、次のような逸話が載せられています。

黄龍おうりょう禅師(慈明さんの二大弟子が楊岐と黄龍でしたね)の弟子の晦堂かいどうが師の部屋に行くと、師は何か心配事でもあるのか、浮かぬ顔をしておられたのです。

晦堂が「どうなさったんですか」と訊ねると、「監収かんしゅうにふさわしい人材が見当たらないんだよ」と答えました。

監収とは、荘園から年貢を徴収する役割です。

晦堂が、「副寺ふうす(禅寺で都寺つうすを助けて会計をつかさどる役僧)をしている慈感はどうですか」と言うと、師は「慈感は直情型で荒っぽく、細やかな気配りが足りんから、狡賢い小作人に簡単に騙されてしまうだろう」と答えました。

晦堂が「では、化侍者けじしゃはどうですか。まじめな人だから」と言うと、師は「化侍者はまじめだけれど、器が小さいから、杓子定規に小作料を徴収しようとして、小作人たちとトラブルになって、収拾がつかなくなる恐れがある。
ここは、秀荘主しゅうそうしゅに任せることにしよう。彼は人物の器が大きく、真心の芯がしっかり通っているからね」

後に晦堂の弟子の霊源れいげんが師に質問しました。

「師の師匠である黄龍禅師はなぜ、たかが監収の人事にそれほど苦慮されたんでしょうか」

晦堂禅師は答えました。
「国が保てるのも、家が保てるのも、収入と支出という経済面の基盤がいい加減でなくしっかりしていてこそなんだ。黄龍先師だけでなく、歴代の祖師たちも、道場の経済面にしっかり気を配って経営されてきたんだよ。決して『たかが監収』じゃないんだ」

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