現成公案対話-その3-

しあわせ通信(毎月1日・15日更新)

本記事は書籍『しあわせ通信第8集』の内容を再編集して掲載しています。

連載の続きです。過去の回はこちら


大敬:岡潔先生は『善行』について面白いことを書いておられます。

日本でいう善行と他の国の善行には少し違うところがあるようだと書いて、他の国の善行というのは、よくよく時と処と人やモノゴトに配慮して行動することをいうのだけれど、日本の国の善行はもっと単純で、少しの打算も伴わずに、思い切って身を投げ出してやる行為のことを善行というようだと書いておられます。

ところが、世界の事例を見渡しても、日本の国ほど効果的な善行が出来てきた国はないようだとされ、なぜそうなのか、それはこういう理由だろうと説明しておられます。

それは、全く身を投げ出して(私意、私情を抜いて)行動する時(「公」と状態となり)、そこに自ずと大自然の純粋直観がはたらいて、それは決して誤ることがない(「案」の行動がとれる)からだと結論しておられます。

『実践面からみれば、この国の善行はまことに手軽で便利であって、時の森羅万象を知り尽くしてからでなければ一つの行為さえ行えないというような大仕掛けなものではない』と書いておられて、これで、『現成でさえあれば、公案が実現する』という意味がよく分かりますね。

A:うーん、なるほど、これまでもやもやしていた『現成公案』の意味がはじめて、はっきり理解できたように思います。そうだったのですね。

先日、『皇帝ペンギン』という記録映画をみました。オスのペンギンたちが、極寒の南極で、卵をあたためているのです。足の上に卵を乗せ、腹の羽毛で覆って、寒さを防ぐのですが、みんなで暖をとるため、小さく集まって固まっているんです。吹雪が吹きつけ、凍え死ぬペンギンもいて、だから少しでも暖かくなるように集合するんですが、時々、大移動して、散らばってはまた一つに集合するということを繰り返します。なぜそんなことをするのかというと、集団の内側のペンギンは暖かいですけれど、外側になったペンギンには直接雪や氷が吹き付けて命にかかわりますから、時々内側と外側の位置が入れ替わるのです。これも、モラルの事柄ではなく、全体のいのちを生かし切るための、いのちの本能の行動なんですね!

大敬:そうなんですよ。いのちの自然として、弱い者は全体によって護られ、余力ある者は必要な者を援護する事になるのです。それが、いのちのことわりなのです。

禅語に『新婦れば、阿家あこく』というのがあります。これが理想的な世界の姿なんだとするのです。若嫁さんがロバに騎って、姑さんが手綱を牽いて行く、これがどうして理想的な世界なんでしょうか。

道徳からいえば、若い者が手綱を牽いて、目上の者がロバに乗るべきだというのですね。しかし、本当は疲れた人、必要な人が乗ればいいのですね。そういう各自の必要性がお互いに無言の内に感じられて、これまで乗っていた人が降り、今一番必要度の高い人が乗る。こういう事が頭の計算によることなく、いのちの本能として、自然に行動出来る。こういう「公案現成」の世界こそが、道元さんのおっしゃる黄金世界なのですね。

A:なるほどなあ。そういうことだったのですね。道元さんが私たちに訴えようとなさっていたのは、私たち各人が「公」のいのち、つまり「ひとついのち」がいのちの本質であったと気づき、自分も他の存在たちも含めた、いのち全体の個性を最高度に発揮して、輝いて生きることが出来るように、そのように各人が自然と調和的に行動できる、そんな世界を創り出そうとなさっていたのですね。

大敬:そうなんです。これで現成公案の第一番目の解説が終わりで、ここからが「公案は必ず現成(表現・成就)される」の解釈なのです。

「公」がいのちの本質であり、「案」がいのちの自然の理なのですから、その真理は必ずこの地上世界に現れ、成就されることになるのです。現成するいのち(現在に成りきるいのち)は必ず現成するいのち(公案を表現・成就するいのち)となるのです。

岡潔先生は次のように書いておられます。

よく人から数学をやって何になるかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことなのだ

どうしてこうもはっきり、自信を持って言い切れるのか。それは、今・ココの課題に没頭している。もうそれだけでその人は、全体生命の進化向上のために、その人の出来る、最大、最善の貢献をなしているんだということが、頭でなく、いのちの実感として確信しておられるからです。そのことは自分にも分からない、人にも分からないことだけれど、その時のいのちの充実感、湧き上がる喜び、ずっしり体重がのった堂々とした感じ、しみじみとした味わい深さなどで、そうと実感できるのです。

先生とこうして午後のひとときを対談している、この一こまも、全体生命の進化にとってどうしても必要な、ジグソーパズルのワンピースなのです。このワンピースが欠けただけでも、ひとついのちの黄金世界は実現しません。

お母さんが台所でトントントン、大根を刻んでいます。そのワンピースを省いても、全体のいのち(「公」)の「案(進化のシナリオ)」は実現できないのです。


※『あなたに起こることは、すべて宇宙のはからい-現成公案読解-』(Total health design)という現成公案の解説書を出版しています。お読み下さい。

タイトルとURLをコピーしました